各界から熊本同友会会員へ向けた熱きメッセージ
中小企業の企業家活動に期待する
アベノミクスが失敗に終わっているのは、デフレが実体経済を停滞させているとし、お金の供給量を劇的に増やせば、価格が上がり、実体経済は好転すると考えたことにある。真実は、実体経済の停滞がデフレを引き起こしているのであり、貨幣の供給を増やしても使われないお金が銀行の日銀当座預金や企業の内部留保としてたまるだけなのだ。
経済停滞を脱するには企業家活動を活発化させ、実体経済のイノベーションを起こさなくてはならない。企業家というとシュンペーターが思い起こされる。彼は次のように言う。
企業家は財貨獲得の快楽感からではなく、「私的帝国建設」「勝利者意志」「創造の喜び」を動機に、「洞察」力、思考束縛からの「精神的自由」、そして社会の「抵抗」の克服によって画期的な新事業を立ち上げる。それは、経済の均衡を破壊し、経済を非連続的に変化させる。非連続的変化の例として馬車から汽車への変化を挙げ、「郵便馬車をいくら連続的に加えても、それによって決して鉄道をうることはできないだろう」と説明した。シュンペーターは、資本主義はこのような企業家により発展していくとし、企業家活動を創造的破壊として把握した。
シュンペーターのこの企業家像はとてもかっこよいのだが、どこかリアリティに欠ける。実務家である企業家が海のものとも山のものともつかぬ創造的破壊に乗り出すだろうか。そのようなリスキーなことをすれば実務家として失格である。
服部真二氏(セイコーホールディングスCEO)は次のように言う(『日本経済新聞』2016年9月26日付夕刊「心の玉手箱」)。
服部時計店の創業者服部金太郎は「常に時代の一歩先を行く」という考えを持っていたが、「ただ一歩だけで良い。何歩も先を進みすぎると、世間とあまりにも離れて預言者になってしまう」とも話していた。革新的な技術を追い求めつつも、お客様に受け入れられない商品を出してはならないとの教えだ。
ここで語られている服部金太郎の姿勢こそ企業家を代表する。
企業家は決して現状から断絶したことを行うのではない。少しずつ「新しいこと」を行い、そのような行動の合成が産業に変化のうねりを起こす。シュンペーターの「企業家」が画期的なことを一人で遂行する英雄ならば、この企業家像は集団で力を発揮する庶民の一人である。私はこのような庶民的企業家像を抱いている。
庶民的企業家の原動力は、顧客の何気ない一言や生産現場での思わぬ技術的発見など「場面情報」(その場その場で発生する情報)の獲得である。「場面情報」は人手の加わっていない「生の」出来事からの情報だから、新鮮で、創造的であり、それを積み重ねて得た事業機会は企業をオンリーワンにする。私はこのような企業家活動の担い手は中小企業だと思う。中小企業は顧客や現場に密着しているので「場面情報」の獲得は大企業より有利である。また、大企業は「場面情報」を得ても自分の生産システムに合わなければ無視するが、中小企業は柔軟に対応できる。
中小企業の経営状況は生産の東アジア化、下請単価の切り下げなどにより大変厳しい。だが、このような中小企業の有利性を活かし、独自の加工技術や製品開発により、小規模だが他企業が簡単には入って来れない市場開発に成功している企業は決して少なくない。このような中小企業の企業家活動を活性化させることこそ、日本の経済停滞を克服する。
2017年3月号掲載
嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科
教授
黒瀬 直宏
1944年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、東京都立大学大学院社会科学研究科修士課程修了。専修大学商学部教授などを経て、現在、嘉悦大学大学院ビジネス創造学部教授。博士(経済学)。NHKラジオ第一で「ビジネス展望」を25年続けている。専門:中小企業経営論、中小企業政策論。中小企業の取材に基づく理論構築を得意としている
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