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「歴史迷宮都市 やまが」への招待状

「やまが」は古くからの温泉郷として有名なところです。しかし、「やまが」の本当の魅力は「温泉」だけではありません。「やまが」には、古代から近代に至るまでの貴重な歴史遺産が分厚く残されており、そして、それらは多くの謎を含みながら、教科書では習うことのない日本の歴史迷宮へと繋がっているのです。今日は、山鹿にある「歴史の扉」の幾つかを順番にご紹介します。


(1)古代の湖「茂賀の浦」
 古代の山鹿には「茂賀の浦」と呼ばれる広大な「湖」があり、弥生時代に鍋田の台地が裂けて湖面が下がり、水が引いた後には稲作に適した肥沃な「豊とよあしはら葦原」ができたそうです。


(2)方保田東原遺跡
 弥生人たちは「茂賀の浦」湖畔を開墾しながら「方保田東原」台地に大規模な集落を造りました。この遺跡は、集落を取り巻く「環濠」の規模や土器・鉄器など遺物の多様さ、存続時期などから「邪馬壱国」にも比定できる弥生時代最大規模の環濠集落です。


(3)装飾古墳の中心地
 日本の装飾古墳660基のうち約3割が熊本県にあり、特に山鹿周辺の菊池川流域に約120基が集中して作られています。有名なチブサン古墳では博物館の案内で内部を直に見学することも出来ます。古墳の装飾には「舟」「馬」「鳥」など古代生活を示唆する特徴的な図柄が使われています。


(4)古代山城「鞠智城」
 大和朝廷は、百済を救済するため朝鮮半島に大軍を送り「唐・新羅」と戦いますが、「白村江の戦い」で大敗北を喫します。天智天皇が唐の侵攻に備えるために築かせたのが鞠智城をはじめとする「古代山城」です。「日本書紀」などを紐解きながら「古代日本の謎」に迫る第一歩を「鞠智城」から踏み出してみませんか。


(5)肥後の国衆一揆「隈部親永」
 豊臣秀吉の天下統一後、肥後領主に就いた「佐々成政」の横暴に対抗して「隈部親永」らが起こした戦いが「肥後国衆一揆」です。「理不尽なこと」には断固として立ち向かう反骨精神は、現代の肥後人にも脈々と受け継がれています。


(6)宮本武蔵が生まれて初めて入った温泉
 宮本武蔵は「洗足行水を嫌ひて一生沐浴する事なし」と言われたほどの「風呂嫌い」でした。しかし、寛永十七年十月、藩主細川忠利のはからい で山鹿温泉を訪れて、足利道鑑とともに新築された「お茶屋」に逗留しています。武蔵が初めて入った風呂が山鹿温泉だったのかもしれません。


(7)西南戦争と日本最初の民主政治
 西南戦争では「山鹿口」でも激戦が行われました。宮崎滔天の兄である「宮崎八郎」も薩軍に参加しており、彼の民権思想の具現化として日本最初の民主選挙・民主政治が「やまが」で行われました。山鹿は日本デモクラシー発祥の地でもあるのです。


そのほかにも山鹿にはホンモノの歴史遺産が数多く残っています。


ゆったりとした気分で歴史書を片手に「やまが」にお出かけ下さい。お待ちしています。


2012年6月号掲載

鹿本地域振興局 局長 濱名 厚英

鹿本地域振興局 局長
濱名 厚英

昭和28年鹿本郡三岳村(現山鹿市)生まれ、熊本市育ち。
済々黌高校、熊本大学法文学部卒業。県庁では、情報管理、企画振興、荒尾市副市長、 広報などを経て、平成22年4月から現職。趣味は写真、東洋蘭栽培など

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