各界から熊本同友会会員へ向けた熱きメッセージ
共生めざす日本型経営
■従業員を大切にし地域と共生する
「日本型経営」とか「日本的経営」という言葉をお聞きになったことがあると思います。一般には終身雇用や年功賃金が大きな特徴とされています。ところで皆さんはこんな言い方を耳にされたことはありませんか?それは「このような日本的経営はもう時代遅れなのだ」「こんなことをやっているから日本は世界の動きについていけないのだ」という言い方です。つまりアメリカのように市場競争を重視した社会の方がずっと有望だ、というわけです。
そこで数年前、大学院生たちと一緒に地元企業の調査を行いました(なお本同友会事務局の山下正樹君は私のゼミ卒業生で調査の主力メンバーでもありました)。結果は実にはっきりしていました。調査したすべての企業が伝統的な終身雇用・年功賃金を踏襲し、しかもそれぞれ優秀な業績を上げていたのです。成果主義を導入した企業も多くみられましたが、それも年功制とのバランスを慎重に考えた上のことでした。この調査で浮かび上がったのは、市場競争に明け暮れる企業経営ではなく、従業員を大切にし地域社会とともに生きていく企業の姿だったわけです。
■江戸期商家の経営理念
どうやら日本の企業経営のキーワードは「共生」であると言い切っていいのではないでしょうか。過去を振り返っても「競争」という言葉にはなかなか出会わないのです。山下君は修士論文のテーマに近江商人を取り上げたのですが、近江商人たちが大事にしたのは「売り手よし・買い手よし・世間よし」(これを「三方よし」といいます)という精神で、要するに皆が幸せになることだったそうです。ちなみに私は江戸期商家の家訓をいくつか読んでみましたが、「競争に勝ち抜こう」などといった家訓には一つも出会いませんでした。「倹約に励み、家業を大切にすれば家名は自ずと存続していくものだ」といった内容がほとんどでした。
なお誤解なさらないでいただきたいのですが、私は決して競争が不必要だとか悪だとか申し上げているわけではありません。ただ日本の経営者たちは伝統的に、お互いの共生関係を打ち壊してしまうような競争は避けるべきだと考えてきたように思えるのです。
江戸期商家では、「共生」といっても「とにかく皆で仲良く」といった生温いものではなかったようです。特に商家の主人には実にきびしいモラルが課せられていました。多くの家訓に明記されているのですが、例えば主人が経営を放り出して遊んでばかりいるような場合、手代など幹部社員たちはきちんと意見をし、それでも主人の不品行が直らなければ強制的に隠居させなければいけない。要するに主人が尊敬されるのは経営の仕事をきちんとするからであって、仕事をしない主人などはただのゴクツブシというわけです。
■江戸時代がおもしろい
私たちが学校で習った江戸時代のイメージといえば、「士農工商の厳格な身分制がのしかかった重苦しい社会」というのが一般的ではないでしょうか。だから明治維新になって西欧文明が流入し、日本はやっとのことで封建時代を脱して近代社会に移行できた、という筋書きになるわけです。
しかし先ほども述べましたように、江戸期商家の主人は経営者としての仕事を果たしたからこそ偉かったのであって、身分という形式だけで尊敬されたわけではない。その点では武士も同じでした。だからこそ武家社会を描いた葉室麟さんの小説が、あれほどまでに落ち着いた感動を与えるのだと思うのです。
2013年9月号掲載
学校法人熊本学園 常務理事
嵯峨 一郎
昭和18年横浜市生まれ。
昭和41年東京大学経済学部卒業。昭和47年東京大学大学院経済学研究科博士課程中退。
昭和54年東京大学教養学部助手をへて昭和59年熊本商科大学(現熊本学園大学)商学部教授。
学生部長、商学部長、図書館長、大学院商学研究科長をへて平成25年3月定年退職。
現在、学校法人熊本学園常務理事、熊本学園大学名誉教授
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