各界から熊本同友会会員へ向けた熱きメッセージ
転ばぬ先の杖
「社会あるところに紛争あり」という言葉があります。社会が人と人との結びつきによって成り立っている以上、人と人との摩擦が紛争という形で発生することはどうしても避けられません。まして、日々企業活動や経済取引を重ねておられる中小企業の皆様は、いつどのようなトラブルに直面するかもしれず、常に紛争と背中合わせの状態にあるといえます。
法治国家においては、紛争は法律によって解決されるべきこととされており、この最終的解決手段が裁判です。しかしながら、裁判にはある程度の時間と費用と労力が必要になります。そこで、トラブルが発生してもそれが紛争に発展する前に処理できればそれに越したことはありませんし、また、できることならばトラブルの発生自体を防ぎたいものです。
発生したトラブルが紛争にまで発展する大きな原因に初動の失敗があります。こちらに何らかのミスがあっても、適切な処理がなされていれば事が収まっていたのに、トラブル処理の初動が不適切であったために紛争に発展してしまうパターンです。
私がこれまでに取り扱った裁判でも、訴訟上は法律上の高度な論点が争点になっているけれども、その紛争の実体は顧客のクレームに対して誠意ある対応をしなかったばかりに感情的にこじれてしまっただけというケースが実は少なくありません。他方、これとは逆に、相手方の「言いがかり」に対して本来は毅然とした態度を取るべきであったのに、安易に金銭の支払いによって解決しようとしたばかりに、これを逆手に取られてますます不当な請求をされ、収拾がつかなくなったというケースもあります。
トラブル発生時には、その事案の特質をしっかり見極め、事案に応じて最もふさわしい初動をとることが何よりも重要といえます。
トラブルの発生自体を防ぐことは簡単なことではありません。しかし、トラブルが全く発生しないようにすることはできなくても、トラブル発生の可能性をできるだけ低くすることは十分に可能です。
民事裁判において、一方当事者が「相手は嘘を言っている」と主張するのをよく耳にしますが、実際には、「嘘を言っている」のではなく、「思い違いをしている」場合が圧倒的に多数です。人間の記憶というものは我々が思っている以上に不確かなものであり、また、人はどうしても自分の都合の良いように解釈してしまうものです。そして、紛争の多くはまさに、このような人間の記憶の不確実性から生じるものなのです。そうだとすれば、トラブル発生の可能性を低くするためには、記憶の不確実性を補うために、取引や交渉等の過程や内容をきちんと記録しておくことが極めて有用です。「記憶するより記録しろ」というのはこのためです。
法的なトラブルの発生を未然に防止する、あるいはトラブル発生時に適切な初動をとるためには、法律的知識が必要な場合があります。熊本県下には現在、250名を超える弁護士がおりますので、是非ご活用いただければと思います。特に中小企業の皆様のために、弁護士会は「法律相談センター」での法律相談制度のほか、電話で法律相談や弁護士との面談予約ができる「ひまわりほっとダイヤル」のサービス、「顧問弁護士紹介制度」等の多彩なメニューをご用意しています。
「転ばぬ先の杖」としてお役に立てれば幸いです。
2015年6月号掲載
熊本県弁護士会 会長
弁護士
馬場 啓
熊本市出身、昭和35年6月21日生まれ、54歳。熊本高校、早稲田大学政治経済学部卒業。平成7年弁護士登録、熊本県弁護士会入会。平成27年熊本県弁護士会会長、熊本大学法科大学院教授、熊本市情報公開・個人情報保護審議会委員。桜樹法律事務所所属
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