一般社団法人 熊本県中小企業家同友会

特集

各界からの提言

各界から熊本同友会会員へ向けた熱きメッセージ

世界が認めた阿蘇の価値

早朝の2020年東京オリンピック・パラリンピックの誘致活動のプレゼンをハラハラしながら見守られた方も多かったと思います。私も、「阿蘇の世界農業遺産認定」を目指した数か月前の経験を思い起こし、そして改めて、目的を成し遂げるための強い意志と、チームワークの大切さを強く感じていました。


阿蘇は世界規模のカルデラを有する私たちの誇りです。しかし、これまで、「世界」を冠する明確な称号を持ちませんでした。阿蘇の世界農業遺産認定への歩みは、あるイタリア料理のシェフが、阿蘇の農業や食文化・草原景観などの価値とその保全の必要性を地元新聞の公募論文で提言したことから始まりました。民間の発想で盛り上がり、まず県が反応し周りの農家や支援者に広がり、地元でも、市町村が連動した運動が本格化し誘致活動につながっていったのです。


今年2月に、順調に見えた活動に最大の危機が訪れます。ローマにあるFAO(世界農業遺産の認定機関)が直接阿蘇を訪れ、現地視察が実施されたのですが、その際のプレゼンテーションの評価がさっぱりだったのです。先人たちは、野焼きや放牧で1000年以上もの間、草原に咲くキスミレやハナシノブなどの希少動植物を維持してきました。しかし、こうした阿蘇の価値がうまく伝わらず、FAOからは「野焼きや放牧をしているところは、世界中にたくさんある。」などと評価をされてしまいました。私たちの常識は黙っていても世界には伝わらないこと、評価を得るためには伝えたいことをはっきりと発信することの重要性を痛感させられました。


この時点で、世界のライバル候補地に大きく後れを取ってしまい「もうダメかな」との思いも頭をよぎったものです。しかし、この仕事を担当する一人の職員が、「厳しい状況ですが、少しのチャンスでも残っている限り、最後までベストを尽くして挑戦してみたい。」と小野副知事に手紙で訴え、事態が大きく動きます。4月には小野副知事が、阿蘇在住の農家や提言者のシェフなどとともに急遽ローマに乗り込むことを決定。現地では、選考委員への丁寧なロビー活動を全力で展開、先人たちが阿蘇の草資源を多様に活用し循環的な農業が営まれてきたこと、それによって、生物多様性や美しい景観、清冽な水資源が保たれてきたこと、市民レベルでの阿蘇の自然や文化を保全する取り組みの様子などを熱く訴え何とか巻き返すことができたのです。そして、認定が決定する運命の5月29日、蒲島知事による国際会議での最終プレゼンテーションが行われました。他の候補地を圧倒する説得力と、迫力のある英文スピーチで一気に認定へと持ち込み、留守役の小野副知事は、県庁で感激の涙とともに認定の第一報を受けました。


阿蘇の牧野組合の農家は、高齢化と後継者不足に直面しています。原野で放牧される「あか牛」はピーク時の半分以下に減少。野焼きは、毎年のべ2000名にのぼるボランティア参加者に支えられているのが実態です。ボランティアの方々は、福岡などから早朝駆けつけ、また、急傾斜の現場での作業は危険と背中合わせでもあります。阿蘇の価値が世界に認められたという喜びと同時に、草原と放牧による農業を維持していくという、次の世代への重い責任を私たちは背負うことになりました。


今後、阿蘇を支援する様々な活動は県内から九州や全国へと広がっていくでしょう。そのことが、阿蘇の次なる勲章、「世界ジオパークの認定」、最終的には「世界文化遺産の登録」へと必ずつながるはずです。そして、成否の鍵は、私達県民みんなの思いの強さとチームプレーにあると確信します。


2013年10月号掲載

熊本県 農林水産部長
梅本 茂

昭和29年7月27日生まれ、熊本市出身、52年3月熊本大学法文学部卒、同年4月熊本県庁入庁、61年4月―平成元年外務省出向(在アトランタ総領事館)、14年玉名地域振興局次長、17年地域政策課長、20年観光物産総室長、21年企業局次長、22年農林水産部次長、23年農林水産部経営局長、25年農林水産部長

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