各界から熊本同友会会員へ向けた熱きメッセージ
これから「九州農業の基本的なこと」の話をしよう
時々人前で九州農業の話をすることを頼まれる。そのときに私がよくやっているのは、まず聴衆の皆さんに質問を投げかけるというやり方だ。一時間も一人で話すことは、私自身苦痛だが、聴衆の皆さんはもっと苦痛に違いないからだ。
出す質問は聴衆がどんな方々かによっていくつかある。その中で一番多くする質問は、「農業経営の規模拡大は何のため?」だ。皆さんも農家一戸当たりの経営面積が全国平均で1.6ヘクタール(九州全体の平均もほぼ同じ)と規模が小さいということや、規模拡大を進めようとしているが進まないというような話をお聞きになったことがあると思う。
かなり基本的な質問なので、いきなり聴衆の皆さん一人一人から答えを出してもらおうとしても出てきにくい。そこで私から選択肢を二つ示してどちらかに手を上げてもらう。一つ目の選択肢は「(規模拡大は)担い手や後継者が減っている中で地域の農業生産を維持するため」、二つ目は「(規模拡大は)国際的に競争できるような農業にするため」だ。これまでいろいろな機会にこの質問をしてきて、全体としてみると一つ目に挙手した人の方が多い。
ここからは一人一人意見を言っていただく。たとえば「地域の農業生産を維持するため」に挙手した人に、「なぜそちらに手を上げたのか?」、「『国際競争力強化』に手を上げた人たちへの反論は?」といった質問をする。いろいろな意見が出てくるが、代表的なものとして「日本ではいくら規模拡大しても米国や豪州と競争できるようになるのは無理」といった意見や「自分の地域では後継者のいる農家は限られていて、これからは一戸一戸がかなりの規模を耕作しないと地域の農地が守れない」といった意見がある。いずれも「もっともだなぁ」という意見だ。ただ日本も広いので、様々な地域でいろいろな農産物を作っている。そして商品の性格上国際的に競争しやすいものと難しいものがある。実際の会場ではどんな品目は競争するのが難しいと思うか出してもらい、一つずつ議論していく。
一方「国際的に競争できるようにするため」に手を上げた人にも理由を聞く。こちらもいろいろな意見が出てくるが、ここでは「どの産業でも生産者は良いものをより安く消費者に届ける努力をしているのだから、農業もそうあるべき」という意見を紹介しておく。
もちろんどちらの意見にも賛成できないとして自分の意見を言う人もいる。「自分は中山間地域に住んでいて、一枚一枚の農地が小さく、規模拡大は難しい」、「自分の地域では農地を貸してくれる人が少なくて規模拡大ができない」といったまさに実体験に根ざした意見が出てくる。私からは、かなり規模拡大が進み、市町村全体の農地の7割以上が20ヘクタールを超える大規模経営により耕作されている市町村が九州にもあること(たとえば佐賀県の神埼市や武雄市、熊本の名誉のためにいえば阿蘇市も結構規模拡大が進んでいる)を紹介しながら、規模拡大が難しい地域とどこが違い、どこが同じか議論していく。
以上の議論は正解を探すことが目的ではない。「規模拡大は何のため?」という基本的な質問から出発して、九州農業の現状や将来について少しだけ考えてみようという狙いだ。今回はさわりの部分について紙面での再現を試みさせていただいた。
2012年6月号掲載
九州農政局 局長
吉村 馨
昭和30年6月5日生まれ、東京都出身。
東京大学法学部卒業。
昭和53年4月農林省入省、60年8月大蔵省主計局調査課課長補佐、平成6年4月大臣官房秘書課監査官、
7年5月在アメリカ合衆国日本国大使館参事官、13年1月農村振興局農村政策課長、16年8月大臣官房審議官(国際)、
17年7月大臣官房国際部長、20年1月大臣官房総括審議官(国際)、21年1月農村振興局長、23年8月九州農政局長(現職)
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