各界から熊本同友会会員へ向けた熱きメッセージ
「ノーマライゼーション」としての 障がい者雇用
『福祉を変える経営-障害者の月給1万円からの脱出-』(日経BP)という本がある。著者は小倉昌男。知っておられる方も多いと思うが、小倉は「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親で、父親の跡を継いで今日のヤマト運輸の基礎を築いたいわゆる中興の祖である。日本を代表する一流の経営者と言ってもよかろう。彼は宅急便誕生までの経緯と自己の経営哲学を語った『小倉昌男経営学』(日経BP)という本も書いており、これは名著と言われている。
その小倉は93年に私財を投じてヤマト福祉財団を設立し、経営の第一線を退いた後は理事長として活躍した。福祉の世界で彼が見たのは、共同作業所で働く障がい者の多くが月給1万円以下という厳しい現実だった。これでは障がい者が自立して生活して行くにはほど遠く、障がいがある人もない人も同じように生活できることを目指す「ノーマライゼーション」という理念の実現は夢のまた夢である。では何が問題だったのか。実は共同作業所には「経営」という発想がなかったのである。そこで彼は福祉関係者を集めて「経営セミナー」を開き、「経営」の要諦を説き、自らも障がい者を雇用したパン屋さん「スワン・ベーカリー」(現(株)スワン)を立ち上げ、月給10万円を支給できるビジネスモデルを作って実践して見せた。まさに「月給1万円からの脱出」である。小倉の信念と経営者魂には、ただただ敬服する。
ただし、こうなったのは作業所が一方的に悪いわけではなく、そもそもの問題の根幹には社会の無理解と行政の不備がある。小倉は言う。障がい者も健常者同様、「働くことが幸せ」であり、「働くことが生きがい」ではないかと。そうであれば一般企業こそが もっと障がい者の雇用を増やし、働ける環境を提供すべきである。そうなることこそが「ノーマライゼーション」のあるべき姿であろう。だが、相変わらずその壁は高い。
現在、国が定める民間企業(50人以上の企業)の法定雇用率は2.0%である。つまり50人の従業員がいれば1人の障がい者を雇用する義務が企業にはある。平成26年の厚労省の統計によれば雇用されている障がい者の数は43万1225.5人で、これは11年連続の増加だという。実雇用率も過去最高の1.82%であり、法定雇用率達成企業は44.7%となっている。逆に、未達成企業のうち障がい者を1人も雇用していない企業は、その約6割を占めている。ちなみに熊本県は実雇用率2.14%、法定雇用達成率は52.7%と、全国平均は上回っている。しかし、これで胸を張るわけにはいかないであろう。東洋経済が毎年発表している「障害者雇用率ランキング」(2015年9月)では、食品トレーなどの製造最大手のエフピコが雇用率16.0%で今年もトップであった。
時代状況は大きく変わりつつある。日本の少子高齢化は急ピッチである。障がい者と聞いて尻込みするのではなく、むしろ従来の見方や意識を大きく転換し、企業は障がい者を働き手として重要な戦力と考えるべき時ではなかろうか。勿論そのためには、それぞれの障がいに合わせた働き方の工夫や配慮が不可欠である。また、障がい者雇用をダイバーシティ経営として経営戦略に組み込むのはよいとしても、もしそれが単なる利益一辺倒に流れてしまうようであれば長続きはしないであろう。「ノーマライゼーション」の実現に向けて、今何より求められているのは経営者一人ひとりの知恵と勇気であり、筋の通った「経営」の発想ではなかろうか。小倉につづく経営者よ、出でよ。
2015年11月号掲載
熊本学園大学 商学部教授
勝部 伸夫
昭和31年4月生まれ。島根県出雲市出身。立教大学経済学部卒業、立教大学大学院経済学研究科博士後期課程退学、博士(経営学)。熊本商科大学助手、講師、助教授を経て、熊本商科大学教授。現在、熊本学園大学商学部教授、経営学科長。専門は経営学。著書に『コーポレート・ガバナンス論序説』文眞堂、共著『企業論第3版』有斐閣など
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